出発の刻

 煙草の煙がか細いおぼろげな姿を示しながら漂って雪に同化していった。私の前に揺らめいているこの蜃気楼のようなちぎれた雲が、呼気なのか、煙なのか、見分けがつかなくなった。ーこれか。ここに至るまで私はかなり時間を喰ってしまったー

 

 市街から路面電車で一時間足らず行ったところに、そのさびれた船着き場はあった。行楽シーズンはとうに過ぎており、今は、その島の美しい景観を楽しむよりは、寒さが身に染みてしまう季節だ。船を待つ人の姿はまばらで、私の他には、鳶職の男たちが数名と、老夫婦が一組いるだけであった。

 職人たちは互いに口を利かずに、皆一様にむすりとしている。これから島に行って、シーズン前に旅館やら売店やらの諸々の修復作業に向かうのであろう。さして旨い仕事でもなく、かといって何かと仕事が少ないこの時期に無下に断る訳にもいかず、進まぬ気持ちを無理やり奮わせて仕事場に赴く彼らの心情を射すかのように、空はどんよりとどす黒く陰り、ただでさえ晴れない私の気持ちをより一層曇らせた。

 老夫婦は柔和な笑顔を浮かべながらぽつりぽつりと言葉を交わしている。彼らの周りに流れている暖かな緩やかな空気だけが、真冬の岸辺を照らしていた。

 何に興味をそそられるわけでもなく、私は自然と、この師走に、終着点の見えない旅に身を任せた契機に思いを馳せ始めていた。