入学式

 ぴかぴかに磨き上げられ、光の筋が幾重にも入ったフローリングの床の上に、皆一様に暗い紺色の学ラン服と同系色のセーラー服の制服を身にまとった生徒たちが立ち並び、校長の話に聞き入っていた。

 背丈の低い校長は、数段高くに設置された教壇の上に威丈高に立ち、優秀な精鋭達を見下ろす魏国の曹操のように小さなその背を反り上げながら、もっともらしく高校生活における教訓を説いていた。燕尾服の裾はふくらはぎまで届こうかというくらいだらりと伸びきって不格好で、特別に床屋に行ってセットしたであろうパリッとした頭髪と対照的でどこか滑稽さすら感じさせた。

 私は、体育館の格子付きの窓から、校庭にきらびやかに咲き誇る数本の桜の脇にぽつんと佇む琵琶の木に、不思議な魅力を感じぼうーっと見とれていた。高さ10メートルにも成長すると言われている種に属する老木は、それよりも更に背の高い桜の木に囲まれ、所在なさげに肩身が狭そうにして立っていた。丈は2メートルにも足らず、初夏を旬とするその実の片りんはまだ見当たらなかった。もしかすると、夏にも何も実をつけないかもしれないと考えさせられるほど老いさらばえた水気の無い木肌に、申し訳程度薄暗い緑色の葉をつけていたが、その容姿は、まるで今日こそが我々の大舞台であると言わんばかりに凛凛としつつ、風に揺られながら軽快なタップを踏んで花吹雪を降らせる桜達に及ぶはずもなかった。

 私はグラウンドの隅にわびしくもの悲しげに屈むその琵琶に、古い考え方の持ち主で亭主関白であるのに元来仕事人間であるために、家ではどこか所在なさげに、何かにつけすぐに煙草をふかしながら書斎に閉じこもる父の面影を映し、普段感じていない父性を、その老木に見出していたのかもしれない。私は、その後の高校生活の大部分をその老人の下で過ごすこととなった。

 そういえば、古くからの言い伝えで、庭に琵琶の木を植えるとその家には病人が出るとか、不幸になるとか言われているようだ。そんな木に愛着を覚え、雨の日は傘替わりに、晴れの日は日なたを求めて、3年も座り続けた私の運気の巡りはどうなっていたのだろうか。