自分

たまにそうしている間にも「自分」というものがわからなくなっていた。人のことはやたらよく見据え、人物評は幼いころから得意であったにも関わらず。 私にとって「人」は「ヒト」であって記号であった。 うわべだけの付き合いは人一倍上手であったが、どう…

「いえ」

母はしきりに学級生活について尋ねた。友人は出来たか、勉強にはついていけているか、良い先生はいるのか、体の調子が許せば体育の授業にも参加し始めてはどうか。 田舎町で唯一市の進学校に入学した我が子が愛おしく誇らしいらしく、満面の笑みを浮かべなが…

地平線

私は同窓の者と相対するときに図らずも何がしかのどもりが出てしまい、はじめは面白がる奴もいたが徐々に遠巻きにされるようになった。あいつはおつむは悪くないが関わってもいいことはない、そもじれったくて、煩わしくて、見ていられないといった風に。 一…

学期始め

それから私の高校生活は始まった。 相変わらず私には社交性というか人間性が欠如しているようで、なかなか同級の秀才達とは馴染めなかった。自宅から校舎までの通学にかなりの時間を要するため、文武両道を掲げる母校において珍しく何の部活動にも所属しない…

入学式

ぴかぴかに磨き上げられ、光の筋が幾重にも入ったフローリングの床の上に、皆一様に暗い紺色の学ラン服と同系色のセーラー服の制服を身にまとった生徒たちが立ち並び、校長の話に聞き入っていた。 背丈の低い校長は、数段高くに設置された教壇の上に威丈高に…

車窓

半年後、私は、この日のために仕立てた淡緑色のスーツに黒いバラのコサージュを付け、普段より厚化粧をした母と一緒に、電車に揺られながら高校に向かっていた。入学式だった。 母親は片田舎から唯一市内の進学校に合格した私が大層誇らしかったらしく、さし…

受験

高等学校の入学試験はさほど難しいものではなかった。筆記試験は国語と数学のみで、全ての問題を不自由なく解くことが出来た。問題は、口頭試験というか面接だった。学校長とおぼしき白髪の小柄な老人と、自ら1年の学級主任と名乗ったやせっぽちな男、そし…

学舎

私は田舎町の小さな中等学校を出た後、成績の良さと、母の教育熱心が手伝って、市内の進学校を受験することになった。 病弱だった私は、幼少期ほとんど市街を訪れたことはなく、受験のために久方ぶりに訪れた都会は、相も変わらず無機質に、残酷に、無垢な1…

ー序ー 私は幼い時分から父としっくりこない所があった。正確に言うと、父が時折浮かべる神妙な面持ちに、私に対する愛の欠如をつぶさに感じ取っていた。 故郷は、県下の中心部からはかなり遠い、しがない田舎町である。生家は取るに足らない平凡なもので、…

出発の刻

煙草の煙がか細いおぼろげな姿を示しながら漂って雪に同化していった。私の前に揺らめいているこの蜃気楼のようなちぎれた雲が、呼気なのか、煙なのか、見分けがつかなくなった。ーこれか。ここに至るまで私はかなり時間を喰ってしまったー 市街から路面電車…

執筆

小説を書こうと考えているのだが、手書きで執筆するのは大層で煩わしく、Wordでちびちびと推敲しつつ作成していくのも何かが違う。気の向くままに、こうしてブログ形式で執筆というか更新していきたいと思う。タイトルは「布袋葵(ほていあおい)」。父子の…